セルフビルドのスタジオが出来るまで
いりやまずのおうち&スタジオのできるまで

防音の基本的な考え方 - その1 遮音性能目標
スタジオに求められる機能は幾つかありますが、その中でもいちばん大切なのは遮音性能です。音が漏れてはスタジオになりませんものね。

実際にレコーディングもしたことがある人にはご理解いただけると思うのですが、どんな小さな音でもマイクは拾います。

無音だと思っていても、それは人間の耳がフィルタリングしているだけで、そこに音は存在しています。虫の音、エアコンの空気音、冷蔵のコンプレッサーノイズ、空気清浄機のファン音、上空1万メートルを飛ぶジェット機の低音、自動車のタイヤ音、どんなに小さい音でも全て拾います。

そしてまた、その反面。野外フェスやクラブに行ったことのある人は体感として理解していると思うのですが、音楽を堪能する時に必要な低音の音量と言ったら、相当のものです。

究極に静かでなければならず、究極に音を防ぐ。
それが目標になります。

目標を決めたところで、具体的に数値としてはどれくらいの遮音度を求めれば良いのかを考えます。

クラブで満足できる低音の大きさは、100から110db程度です。100dbがどれ位かと言うと、電車が通過するときのガード下や騒がしい工場の中のように、「極めてうるさい」と感じる音です。また、110dbは100dbの10倍以上大きく、2m先から聞く自動車のクラクションや、ライブコンサート会場の音に近い、非常にうるさいレベルの音になります。

そして逆に、静かな音はどれ位のdb数でしょうか。静かな住宅地の昼間や図書館内程度の「静かな音」が40dBと言われています。40db以下であれば、睡眠を妨げない目安とされています。

110dbから40dbを引くと、その差分は70dbになります。
ということで、70dbの遮音性能を目指す事になりました。

70dBとは、音の強さを基準にすると約1000万倍(\(10^{7}\)倍)。
部屋の中と外で音を1000万分の1に減少させなければいけません。

70db防音するってどうしたら良いんだろう…
そしてそれは大変なことなんだろうか?

防音の基本的な考え方 その2 物体特性と二重壁
遮音目標が70dbと決まったところで、それをどのようにして実現するか考えます。

まず音の特性を理解するところから始めました。
音の特性を知れば、どのように防音すればいいか理解できるからです。

と言う事で、先生の浅田 泰さんに来てもらいました。浅田さんは在野の音響研究家として名高い方で、日本に野外レイブカルチャーを持ってこられた大先輩です。かつてはクラブの設計、制作もされたことがあるとか。

音は目に見えませんので、直感的には分かりづらいですが、その実態は物質振動です。
空気であれ、物であれ、振動=音になります。

遠くまで音が伝わるのは、振動した空気がまた横の空気を振動させ、それが伝播するからです。
なので、音を防ぐには、振動を抑制すればいいということになりますね


空気の密度の違いが音となり、振動となり、それが伝播して物体を振動させて伝わっていく。振動こそが音の正体であるのだから、とにかく振動を止めればいいとのこと。
さて、どんな物質が振動を抑制するでしょう。
重い物質、振動を吸収するもの、スポンジ状になっていて空気を動かなくするもの等でしょうか。

重さだけで言えば、重いものであればあるほど振動吸収性能 = 防音性能は高くなります。
ダンボールや紙よりも、コンクリート壁の方が質量が重いので防音性能は高くなります。

重くて固くて動かない建材と言うと、コンクリートですね。
コンクリート一択ですよ


実際、コンクリート壁や、重量ブロック等は最高の防音素材です。いりやまずのおうちでは、コンクリ車が入れない高台だったので、残念ながらコンクリート壁は採用しませんでしたが、使えたら使いたかったです。

しかし、いくら厚いコンクリート壁であっても、振動が加わった場合、その物体ごと振動するので、振動を完全に遮断することはできません。厚さ約10cmのコンクリート壁は、おおよそ40〜50dB程度の遮音(空気音の遮断)効果が期待できますが、目標値の70dbには達しません。

大きな石があったとして、石の端っこをカツンとトンカチで叩くと、片側から聞こえます。この簡単な例が示す通り、大きな石であっても完璧な防音材にはならない、ということを意味します。

大きなコンクリート壁の端っこをハンマーで叩いた時、遠く離れている所でもコンクリート内を伝播した音が聞こえます。コンクリート重量壁は素材としてはとても良いけれども、1枚の厚壁だけでは不完全です。

また、遮音量は周波数で変わります。高音域(中〜高周波)はよく減衰しますが、低音(低周波、振動音)は減衰しにくいです。つまり、ドラムや低い重低音は残りやすいのです。現代音楽では低音の豊かな表現が大変重要ですが、その低音をきちんと遮断できないことには音楽スタジオの意味はありません。

振動を完全に遮断するには、振動が伝わらない構造にするしかないのですよ。2重壁にしましょう

完璧に振動を分断するのですね。でも2重壁とは大げさな…

硬くて重い壁を作り、そしてまたその壁に振動を伝えないようにすることです
すなわち、防音された家の中にもう一個、防音室を作ります

え? ということは防音壁を2重に作るということで、普通の家の倍、いや、防音壁だから4倍以上の手間がかかること言うことなんですか

そうですね。そうなりますね

理想を現実に落とし込む
いりやまずのおうちは、日本一トンネルと坂道が多い横須賀市に位置しています。小高い丘の上の、コンクリート車が入らない場所にあるので、コンクリートで構造物を作るのは非現実的でした。また重量ブロックを積み上げて壁を作るのも、地震などを考えると、危険で現実的ではありません。建築登記も、木造平屋建てとなってるので、木造を変えることはできません。



コンクリートが使えないのであれば、どうやって防音したらいいのか…

色々な参考文献を探し、詳しい知人に聞き、ネット延々と徘徊して、最終的に見つけたのがこの文書乾式間仕切壁の効果的な性能向上技術 −硬質せっこうボード「タイガースーパーハード」(厚さ9.5mm)の重ね張りの効果−です。

こちらは石膏ボードで有名な吉野石膏の防音に関するもので、基本壁+両面「タイガースーパーハード」重ね張りで1枚の壁で61dbの遮音性能を持つとの試験結果が書かれています。



石膏ボードで60dbの遮音性能が出せるのか
そうしたら、この遮音構造を昭和の家に作り上げれば良い訳だな…


延々とネットを徘徊して、見つけた一枚の文書で家の構造が最終的に決まりました。



基本構造は2層壁です。外壁と内壁を作り、2つの壁は完全に分離独立させます。

第1層目は、一番外側からサイディング、21mmの石膏ボード、100mmのグラスウール、21mmの石膏ボード、9mmの石膏ボードの5層構造になりました。先程の吉野石膏の文書の構造をできるだけ再現しつつ、更に外壁材として窯業系サイディングを使用します。窯業系サイディングは外部の騒音を約1/2(30デシベル前後)に抑える効果が見込めるため、1層目の壁だけで65db程度の防音効果が期待できます。

9mmの強化石膏ボードと、21mmの石膏ボードを合わせている理由は、厚みと素材の違いによって、振動モーメントが異なるので、より高い防振効果を発揮できると考えられるからです。同じ素材であれば、振動特性が同一になるので、特定の周波数での防音効果が低くなるはずです。

第2層目は、100mmのグラスウール、21mmの石膏ボード、9mmの強化石膏ボードの3層の壁を作ります。一層目の壁と同じように5層にしない理由は単純に施工の都合です。また、1層目でほぼ基本性能が出ていると思われるので、2層目はそこまで必要ないであろうという判断でした。

ということで設計し、購入した石膏ボードの山がこちら。


最終的に家の中に積み上げられた石膏ボードたち。こちらを延々と何ヶ月も貼っていく事になるのでした。

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その3 – ルームアコースティックと電源、ノイズ対策など >>>

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